FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お城情報、つぶやきまとめ その3

お蔭さまでブログ2周年を迎えました!
私の活動報告と、お城&ドイツ情報を中心に、これからもほそぼそと投稿続けていきたいと思います。
最近は日本の城ブームが続いていますが、ヨーロッパのお城も流行らせるぞ!おー。

-----

以下、これでもかとお城情報集めました第三弾です。














































































みなさんからのお城情報、お待ちしております。
英会話ならECC外語学院  まずはカウンセリング&無料体験レッスンへ!
ECCドイツ語コース
にほんブログ村 海外生活ブログ ドイツ情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト

【書評】『中世ヨーロッパの城の生活』

今回紹介するのは、ヨーロッパのお城本としてはベストセラーとなっている、
ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース著、栗原泉訳『中世ヨーロッパの城の生活』講談社学術文庫、2005年。


本書は保存状態の良好なウェールズのチェプストー城を中心として、城での生活や風習を史料に基づき明らかにするものです。
城郭そのものの構造とともに、そこで暮らした騎士たち、そして奥方たちや曲芸師についてまで描かれており、中世の生活史の全体像までも明らかにするような、視野の広さを持っています。
いわゆる歴史学的な内容ですが、とても読みやすく構成されています。

ここで私が注目するのは、最終章での「城の衰退」に関する描写。
しばしば歴史の本では、中世末期に火薬という新兵器の登場により城の時代が急に終焉を迎えたかのように書かれがちですが、本書ではそのような脚色はせず、冷静に歴史の推移を見つめています。

しかし、城は新兵器が登場したために衰退したわけではないし、新兵器だけが城を衰退させたわけでもない。厚い石造りの城壁は大砲の砲丸にも耐えることができたし、砲台として使えば有利なこともあったのだ。城も騎士も、銃火器が登場したことでただちに戦場から退場を余儀なくされたわけではなく、十六世紀、あるいはそれ以降も戦争で一定の役割を果たし続けた。チェプストー城では十七世紀になってから、一部の塔の矢狭間が銃器用に改修され、南の城壁に厚みが加えられてマスケット銃用の狭間が取り付けられたし、城門に大小ふたつの鍵穴形砲門が設けられている。(本書283頁)



「中世の城」は、十六世紀以降にもゆるやかに変化を続け、実質的な役割を果たし続けていたことが、ここで明らかにされています。
城郭の時代というのは決して中世に限られないのです。そのことをしっかりと伝えている本書は、歴史の本としてはとても真実味があると思います。

ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース著、栗原泉訳『中世ヨーロッパの城の生活』講談社学術文庫、2005年。

にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

ミュンヘン思い出話 その12 便利なパックステーション

odeonsplatz.jpg
ミュンヘンのオデオンスプラッツ。中心街のマリエンプラッツと大学のあるウニベルジテートの間の地点。
英国庭園の入り口も近いです。

こんにちは。最近はドイツを歩き回ったあらゆる記憶が懐かしくなっています。
というのも、最後にドイツに行ったのはもう4年前ですね。またあのヨーロッパ独特のにおいを嗅ぎたいものです。

今回は、ドイツで日本よりも進んでる!と思った点をご紹介。
それは、パックステーション(Packstation)です。

マンションなどの横にある、このようなボックスがそれです。
packetstation-rotationssystem-dhl.jpg
(引用元:ttps://www.ronny-siegel.de/die-packstation-der-dhl-und-deren-vorgaenger-die-paketzustellanlage-der-deutschen-post/)

もし自宅に荷物が届いて、不在だった場合、不在票に番号が書かれています。
このパックステーションにその番号を入力すると、扉が自動で開いて荷物を出してくれます。
この扉の動き方が面白くて、全自動で特定の荷物を取り出す仕組みになっています。

ま、日本にもあるのかもしれませんが、あまり普及してませんね。
便利ですし、配送業者さんを振り回さなくて済むので気楽なんですけどね。

初めてミュンヘンで暮らした時、日本から送られてきた荷物がこのパックステーションに入っていました。
ところが、その時の私は、そんなシステムを全く知らずに、不在票を無視してしまいました。

ステーションに置かれた荷物は、一定期間を過ぎると送り返されてしまいます。
私が気が付いた時には、もう日本に送り返されていました。。。。えぇ?!神戸港までどんぶらこしてしまったってぇ?
それで、再度送りなおしてもらうはめになりました。時間もお金も無駄にかかりましたね。

ある程度予備知識をつけていても、海外での日常生活にはこのような戸惑いが起こりえます。
最初は、当たり前にできるはずのことができなくて、毎日悔しい思いをしました。
ですが、そうした経験が、当時22歳の甘ったれた私の心を強くしたのかもしれません。

【意外と知らないIT用語】 ドメインって何? お名前.com
ミュンヘン その11へ戻る
にほんブログ村 海外生活ブログ ドイツ情報へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

ビューディンゲン城 ヘッセンのローテンブルク

都市ビューディンゲン(Büdingen)は、フランクフルトから電車で一時間半程度で行けるヘッセン州の町です。
フランクフルト→フリードベルク→ニッダ→ビューディンゲン・・・と、距離は大してないのに二度も乗り換えました。

この地では、12世紀頃からビューディンゲン家が領主として現れ、城郭も建設されました。
14世紀には皇帝から市場開催権を認められ、都市が発展しました。
16世紀には都市を防衛するために、市壁や門などが強化されました。

こちらが16世紀の強力なイェルサレム門。
銃眼付きの重厚な門をくぐり、旧市街へ入っていきます。
bu1.jpg

都市の構造は、この模型でよくわかります。
右側にイェルサレム門、中央付近に広場、左側に城郭があり、市壁の角には円形の砲台がいくつかあります。
bu3.jpg

町並みは、木組みのハーフティンバー住居が並んでおり、「ヘッセンのローテンブルク」といわれています。
そんなかわいらしい町にも関わらず、闇の歴史もあります。ここは16~17世紀にかけて、魔女狩りが頻繁に行われた場所なのです。この100年あまりの間に、400人以上が妖術を使ったとして処刑されたそうです。ちなみに魔女と見なされたのは女性ばかりではなかったとか。いわゆる集団ヒステリー。怪しいやつはみんな葬ってしまえ、ということでしょうか。
bu2.jpg

町の奥にはビューディンゲン城が鎮座しています。よくあることですが、中世に建設され、16世紀に大幅に改築されて現在の姿になりました。16世紀の城郭建築で特徴的なのは、出窓がよく取り付けられたことです。この城郭も、各所に出窓がみられ、窓の下には城主の姿や紋章を表す彫刻も。さらに下部の持ち送りには細かい装飾がついています。出窓は、室内の快適さと豪華さを想像させる役割を果たしています。
bu4.jpg
ちなみにこの町のあちこちにカラフルなカエルがいます。町のシンボルなんだろうけど、城につけないでよ(笑)

城門をくぐると、中庭に出ます。いくつかの建物がみられますが、主塔が目立ちます。
この主塔を軸にして、館が八の字に広がっているのがこの城郭の特徴です。
bu5.jpg

ちなみに、内部を見学するには、事前の申し込みが必要でした。
それを、現地の張り紙を見て初めて知りました。ガーン。

こういうマヌケなところは自分らしいや。

隠れた名所、ビューディンゲン。ハーフティンバーの町並みや出窓がお好きな方はぜひ行ってみてください。

にほんブログ村 旅行ブログ ドイツ旅行へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

【特集】建てたのは誰?所有者でわかれる城郭の種類

中世の城郭には本当に沢山の種類があります。
種類分けの観点でいうと、建設位置に応じたもの(山城など)、役割に応じたもの(狩猟館など)のほかに、所有者の身分に応じたものがあります。

今回は、所有者の身分に応じた種類分けをみてみましょう。
城郭といえば貴族の住処というイメージがありますが、
意外にもより幅広い身分の人々が城郭を建設したのだと、この種類分けからわかることでしょう。

国王城郭(Königsburg)、帝国城郭(Reichsburg)、王宮(Pfalz, Königspfalz)
国王(皇帝)によって直接建設、管理された城郭。
神聖ローマ帝国の領域に分散して置かれ、国王やその従者が一時的な滞在場所として利用しました。
帝国議会の開催場所としても使用されました。
帝国城郭と王宮の区別はあいまいですが、国王城郭は防御性の高い建築を指し、
王宮は防御性の低い豪華な宮殿を指す傾向にあります。
作例:ニュルンベルク・カイザーブルク城、ゲルンハウゼン城

kai.jpg
ニュルンベルクの町に立つ国王城郭・カイザーブルク城。クリスマス市の時期にはライトアップ!


大公城郭(Herzogsburg)、伯城郭(Grafenburg)、騎士城郭(Ritterburg)
上記と同様、管轄権所有者の身分に応じて名付けられた城郭。

司教城郭(Bischofsburg)
司教あるいは司教区単位で建設・管理され、利用されました。
ドイツでは聖職者も城郭を拠点にして支配権を拡大していたのです。
司教城郭は中世中期には都市内にあり、時折大聖堂と結合していました。
一方で、中世後期には都市の外側に移転することがありました。
それは司教権力に対し、力をつけつつあった市民階級が抗議するようになったからです。
作例:大聖堂城郭ヒルデスハイム城、ヴュルツブルク・マリエンベルク城

家人城郭(Ministerialenburg)
最初不自由な身分で城郭の管理を任されていた家人(ミニステリアーレ)が、次第に力をつけて城郭の自分の所有財産としたことによって成立しました。
作例:ミュンツェンベルク城

騎士団城郭(Ordensburg)
中世中期や後期に、紛争地域(東西プロイセン、ポーランド、バルト海沿岸)にドイツ騎士団によって建設された城郭。
作例:ポーランド・マリエンブルク城

修道院城郭(Klosterburg)
城郭のように全体的に防備が固められた修道院。15、16世紀では、オスマントルコの脅威に対抗するために建設されました。
作例:グロースコムブルク城

・・・と、ざっくり列挙しましたが、いろいろありますね。
城郭の成立にはさまざまな背景があったことが、この種類分けだけでも明らかです。奥が深いな~。

国内現地ツアー予約 じゃらん
「旅」をテーマにした通販サイト JTBショッピング
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

Ume

Author:Ume
ドイツのお城を専門に研究している珍しい人。著者についてはこちらもご覧ください。Facebookページはこちら(ブログ更新情報をお届け)。講演・執筆依頼など、メールフォームやコメント欄から気軽にご相談ください。
ブログのロゴが付いた写真は筆者自らが撮影したものです。無断転載・加工はご遠慮ください。

更新情報・リンク

follow us in feedly

Amazon.co.jp(アマゾン)
格安!!ヨーロッパのホテル予約
ドイツのお土産
★ぶっちぎり宅建ライブ開講★ 名物講師の白熱講義を!
国内&海外の格安ホテル検索『トリバゴ』

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。