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プルン城 ―断崖絶壁上の小型城郭―

またまたマイナーなお城の紹介となります。知られざる城郭の世界をありとあらゆる方向から紹介するのが私の野望ですから。

アルトミュール谷へ
プルン城(Burg Prunn)は、バイエルン州のレーゲンスブルク近郊のアルトミュール谷(Altmühltal)に面している、比較的小型で保存状態の良い城郭です。
prunn3.jpg
この建設位置がインパクトありますよね。大工さんは崖から落っこちなかったのでしょうか・・・?

この城へは、レーゲンスブルクからローカル電車アグリースでザール(Saal (Donau))に行き、そこからリーデンブルク(Riedenburg)行きのバスに乗り継いで行きました。
prunnmap.jpg
ドナウ川の支流であるアルトミュール川の両岸はひたすら山、崖、森林が広がる田舎です。
とはいえ、歴史上重要な役割を果たした都市レーゲンスブルクなどにも近いですし、川はかつて主要な交通路だったため、支配者たちはこれに目をつけて川沿いに数々の城郭を建設していきました。プルン城もその一つ。

ところでPrunnという名前の由来は不明だそうです。奇妙な名前ですね。
現地の人は「ブルゥゥン!(巻き舌)」って発音してたような気がしますが、日本語でうまく表現できないのでプルンと表記します

プルン城の歴史
プルン城の主と思われる高位貴族ウェルンヘア・フォン・プルンが史料に登場したのは、1037年のことでした。
1200年頃になると、現存する石造の主塔が建設されました、
1288年にはウェルンヘア七世が、バイエルン大公ルートヴィヒにプルン城を売ってしまいます。これにより、プルン家は実質バイエルン大公の支配下に入り、大公の封土としてプルン城の管理を任されることになりました。
1338年にはハンス一世・フォン・フラウンベルクが城郭を買収。
さらに1570年には大公アルブレヒト五世が城郭を買収、管理をカール・コックに任せました。
最終的に1672年にインゴルシュタットのイエズス会士ヤコブ・ラスラーが城郭を買収。

・・・とまあ、城郭の主が実にころころ変わっていったことがわかります。
そして城郭の建築も、それぞれの主によって何度も改築されていきました

建築の特徴
EPSON002.jpg
(出典:Karnatz, Sebastian / Piereth, Uta: »umb die vest prunn« Geschichte, Baugeschichte und der Prunner Codex, München 2012.)

この平面図を見れば、色分けでどこがいつ建造されたかがわかります。
紺色は1200年~、水色は1312年~の改築、緑色はフラウエンベルクによる1338年~の改築、赤はコックによる1604~31年の改築、橙色はイエズス会による1672年~の改築、黄色は近代の改築によります。

1200年頃に主塔と主要な壁がほぼ構築されており、主塔を取り囲むようにして赤の部分、つまりコック家の居住区域が大幅に増築されています。
エルツ城の場合と同様に、やはり長く使われた城郭はつぎはぎの建築になっていることが多いです。

prunn2.jpg
城郭を正面入り口からみると、さきほど言及したコック家の増築部分がよくみえます。
古い主塔のごつごつとした壁とは明らかに異なり、白くなめらかな壁となっています。

そして注目すべきは隅の出窓。出窓は16世紀頃から城郭・城館に頻繁に取り付けられるようになりました。出窓は、たいてい城内の重要な広間や重要人物の居室に隣接しており、プルン城もその例にもれません。

本来、城郭の入り口は厳重に守られるべき地点ですが、そこに居住域をつくり、しかもそれを出窓で堂々と飾っています。
コック家が増築した時には、もう防御性は考慮されていなかったことがわかります。
ドイツ・バロックの教会建築などにもよくみられる玉ねぎ型の屋根が、この出窓の装飾性をさらに高めています。

きわめつけは出窓の下部の顔。
EPSON003.jpg
この顔の主はクリストフ・コックであると考えられています。
城主による自己主張が、この出窓に凝縮されていることは明らかです。

ところでコック家は大公の代理で城の管理を任されていたはずでは・・・。やりたい放題ですね。
いま、現代の私たちがこうしてブログなどで自己発信するのと同様に、当時の城主たちは、建築を特徴的なものとすることで、自分のステータスを自己発信していたのかもしれません(その動向と意義を具体的に建築から明らかにするのが、目下私の主要な研究テーマ)。

prunn4.jpg
城を見学するときは、入り口から入ってすぐ横の売店でチケットを買い、案内の時間まで中庭で待機します。
残念ながら内部の写真撮影は許可されていませんでした。中では古い甲冑や台所の道具などが展示され、豪華なバロックの祭壇なんかも設置されていました。小さいですが、見ごたえのあるお城です。


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Author:Ume
ドイツのお城を専門に研究している珍しい人。著者についてはこちらもご覧ください。Facebookページはこちら(ブログ更新情報をお届け)。講演・執筆依頼など、メールフォームやコメント欄から気軽にご相談ください。
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