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ヴァルトブルク城 ―ドイツ宗教改革の舞台― その2

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ヴァルトブルク城本館の祝祭用広間(19世紀の再現)

ヴァルトブルク城にまつわる歴史
ヴァルトブルク城の創設についてはこんな伝説があります。
テューリンゲン方伯ルートヴィヒ・デア・シュプリンガー(~1123年)が、ある時、200mもの高さを誇る山をみるなり「待て(wart)、汝我が城(Burg)となれ」と叫んだため、城郭が建設されたというのです。
当然これはあくまで伝説のため、本当かどうかはわかりません。

城郭の建設は1067年であると、中世後期の詩のなかでいわれています。
シュプリンガーの息子でテューリンゲン方伯の地位を引き継いだルートヴィヒ一世(在位1130-40年)は、皇帝フリードリヒ・バルバロッサの妹ユッタと結婚しました。これにより、彼はヴァルトブルク城を拠点として、神聖ローマ帝国において強力な地位を確立しました。

その後、13世紀には現存する本館が完成し、城内ではたびたび歌合戦が開催されたと記録されています。

「キリスト生誕後千二百七年と記されるころ、アイゼナハの町にほど近く、テューリンゲンのワルトブルクに、歌をよくする騎士たちがいた。その数は六人。うち四人は領主の館に属していたが、一番身分の高い者は書記ハインリヒといい、あらゆる宮廷風文化の真の鼓吹者だった。
(中略)
かれら六人は、詩作の名人だった。かれらは宮廷風の歌を数多く才知を傾けて創りあげたが、その中には宗教詩もあれば世俗の歌もあり、技巧をこらしたものもあれば、情感のこもったのもあった。かれらはつねに歌で競い合い、歌の中に何か疑わしいものがあれば、たがいに黙っていなかった。かれらの中の誰もが歌う技と詩作において最良の者たらんと望み、たがいに他を打倒しようとしたのである。」
(ヨハネス・ローテの聖エリーザベト伝)
――岸谷敞子、柳井尚子訳著、『ワルトブルクの歌合戦 : 伝説資料とその訳注』、大学書林、1987年。


方伯は13世紀中ごろにはヴァルトブルク城を主要な拠点としなくなりましたが、それでも好んで滞在したといわれます。ヴァルトブルク城は、中世の宮廷文化が開花した舞台であるといえます。

13世紀中ごろからヴァルトブルク城を継承したマイセン出身のハインリヒ・デア・エアロイヒテの時代より、650年にわたりヴィッテン家がテューリンゲンおよびヴァルトブルクを支配しました。彼らは城郭を拡張し、1478-80年頃にはハーフティンバーで組まれた廊下も作り上げています。
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ヴィッテン家は後にザクセン選帝侯の地位にまで出世し、ドイツ宗教改革のキーマンとなっていきました。

ヴァルトブルク城とルター
ヴィッテンベルク大学教授のマルティン・ルターは、1517年に95箇条の論題を提出し、カトリック教会の腐敗を糾弾しました。
彼の主張を簡単にまとめると、「教会の連中は免罪符のようなインチキなものを売ったりして、実にけしからん。キリスト者たるもの原点に帰って、教会の権威には従わず、聖書に書かれていることのみを信じるべし」ということです。

これがきっかけでルターは帝国議会においてアハト刑(帝国追放)に処せられることが決定してしまいます。
アハト刑の恐ろしさは、帝国内において一切の人権がはく奪されるところにあります。つまり、殺されても文句いえない。

しかしアハト刑が決定するすこし前に、ルター自身は誘拐されていました。
誘拐したのはなんとザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公
彼は、ルターの思想に共鳴し、ルターを保護しようとしたのです。こうしてルターはヴァルトブルク城に連れてこられたのです。

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ヴァルトブルク城には、現在もルターの部屋が残されています。
彼はこの部屋にこもって、聖書をラテン語からドイツ語に翻訳しました。これは非常に大きな業績でした。ラテン語はいわゆるエリート階級しか読めない文字だったので、聖書を読むことができる人は限られていました。これをドイツ語に翻訳したことで、より多くの人が聖書を読むことができ、大衆が腐敗したカトリック教会のウソを見抜くことができるようになったということ。

ルターには選帝侯以外にも協力者がいました。選帝侯のお抱え画家であるルカス・クラーナハ(父)がその一人。クラーナハは、ルターの息子の代父を引き受けるほどの親友だったといわれます。また、有名なルターの肖像画を描き、イメージ戦略でもって彼の思想を広めることに貢献しました。

このように、ヴァルトブルク城ではドイツ宗教改革のターニングポイントになるような出来事が繰り広げられていたのです。彼がここに連れてこられなかったら、プロテスタントは成立しなかったのかもしれません。
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